行政書士・社会福祉士として障害福祉サービスの指定申請を支援し、自らも障害福祉・介護保険サービスの事業所を経営する立場から、開業・運営の実務を発信

現場の管理

虐待の疑いに気づいたとき:通報の考え方と、現場での最初の動き方

こんにちは、ぺーさんです。

「こんなときどうする?シリーズ」の第6回は、「虐待の疑いに気づいたとき」です。

たとえば、次のような場面です(仮想の例です)。

訪問すると、利用者の腕に、いつもはないあざがある。理由を聞くと、本人は口ごもり、同居の家族は「転んだだけ」と言う。ほかにも、食事が何日も同じ状態で置かれている。

あるいは、「同じ事業所の職員が、利用者に強い口調で接しているのを見た」という場面もあるでしょう。

そのとき多くの人が、「間違いだったらどうしよう」「家族との関係が悪くなるかもしれない」「証拠がない」と迷います。今回は、法令で確認できた通報の考え方を整理し、現場で気づいたときの動き方に絞って書きます。虐待防止の委員会・指針・研修といった事業所の体制づくりは、別の記事で取り上げています。

結論:まず、この3つ

  1. 「疑い」の段階でよい。虐待かどうかを、自分で判断・確認しようとしない
  2. 見たこと・聞いたことを、事実のまま記録し、すぐに管理者などへ報告する
  3. 事業所の中だけで収めない。通報先は市町村(類型によっては都道府県)。命に関わる場面は119番・110番

制度・基準の整理

ここは、障害者虐待防止法・高齢者虐待防止法の条文や、厚生労働省の資料などで確認できた内容です。

虐待の3つの類型と通報の考え方(障害者虐待防止法)

類型 通報の規定 通報先
養護者による虐待(家族や同居人など、身辺の世話や金銭の管理などをしている人) 第7条:虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに通報しなければならない 市町村
障害者福祉施設従事者等による虐待(居宅介護、重度訪問介護、同行援護、行動援護、移動支援事業などの従事者も含まれる、と厚労省の手引きにある) 第16条:発見した者は、速やかに通報しなければならない 市町村
使用者による虐待(障害者を雇用する事業主など) 第22条:発見した者は、速やかに通報しなければならない 市町村または都道府県

いずれも、条文は「虐待を受けたと思われる障害者を発見した者」とされています。確定していなくても、「思われる」段階で通報の対象になる、という書き方です。

高齢者虐待防止法

こちらは、類型によって義務と努力義務が分かれています。

類型 通報の規定
養護者による虐待(第7条) 生命または身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに市町村へ通報しなければならない(義務)。それ以外の場合は、速やかに通報するよう努めなければならない(努力義務)
養介護施設従事者等による虐待(第21条) 自分が業務に従事している事業所で発見した場合は、速やかに市町村へ通報しなければならない(義務)。それ以外の場合に発見した人は、生命・身体への重大な危険があれば義務、そうでなければ努力義務

訪問介護などの居宅サービス事業は、「養介護事業」に含まれ、その従事者は「養介護施設従事者等」にあたるとされています(栃木県の資料)。なお、この法律の「高齢者」は65歳以上です。65歳以上の障害のある方など、複数の法律が関わりそうなときや、18歳未満の利用者(児童虐待の防止等に関する法律にもとづく通告の枠組みがあります)は、通報先の市町村に確認してください。

通報者の保護

確認できた条文は次のとおりです。

  • 守秘義務との関係:障害者虐待防止法(第7条第2項、第16条第3項)、高齢者虐待防止法(第7条第3項、第21条第6項)に、刑法の秘密漏示罪その他の守秘義務の規定は、通報をすることを妨げるものと解釈してはならないという趣旨の定めがあります。
  • 不利益取扱いの禁止:障害者虐待防止法(第16条第4項、第22条第4項)、高齢者虐待防止法(第21条第7項)に、通報したことを理由とした解雇その他の不利益な取扱いを受けないという定めがあります。
  • 例外:事業所の従事者等による虐待の通報(障害者虐待防止法第16条・第22条、高齢者虐待防止法第21条)では、「虚偽であるもの及び過失によるもの」が保護の対象から除かれています。どこまでがこれにあたるかは法令の解釈の問題ですので、迷うときは市町村や専門家に相談してください。
  • 通報者の特定情報:障害者虐待防止法には、通報を受けた市町村の職員は、通報した人を特定させる事項を漏らしてはならないという趣旨の規定があります。高齢者の関係でも、事実確認のときに事業者へ通報者を明かさないという扱いが示されている自治体の資料があります。

事業所内で収めてはいけない

厚生労働省の障害者虐待の手引きには、職員から相談を受けた管理者は話をよく聞き取り、施設の中だけで事実確認を進めて事態を収束させてしまうと通報義務に反することになるため、必ず市町村に通報したうえで行政と連携して対応するとされています。「管理者に報告した」だけでは、通報の代わりにはならない、ということです。

現場での動き方

ここからは、法令の内容ではなく、私の実務経験にもとづく考えです。

「疑い」のサイン

厚生労働省の資料に掲載された高齢者虐待発見チェックリスト(案)には、次のようなサインが挙げられています。複数当てはまると、疑いの度合いが濃くなると書かれています。

  • 身体:異なる時期の打撲やあざが複数ある、説明のつじつまが合わない
  • 経済:資産があるのに「お金がない」と言う、預金が無断で引き出される
  • ネグレクト:居住環境が極めて不衛生、衣類が汚れたまま、医療につながっていない

気づいた本人の動き

順序 やること ポイント
1 安全の確認 命に関わる状況、暴力が続いている場面は、119番・110番を優先する
2 本人の話を聞く 問い詰めない。「大丈夫ですか」と聞き、答えを否定せず、そのまま受け止める
3 事実を記録する 日時、場所、見たこと(傷の位置と大きさ)、聞いた言葉をそのまま書く。推測は分けて書く
4 管理者へ報告 当日中に、電話やメモで。報告を受けた人が誰かも書く
5 指示を待つ 本人や家族に直接問いただす、責めるなどの対応は避ける

写真を撮るかどうかは、本人の同意やプライバシーの問題があるため、事業所のルールとして決めておきます。

管理者・事業所の動き

  • 話を受けたら、聞き取ったうえで、自分たちだけで事実確認を進めて先延ばしにしない。「疑い」の段階で、市町村の窓口へ連絡する
  • サービスを利用している場合は、ケアマネジャーや相談支援専門員にも共有する
  • 事業所内の職員が疑われる場合は、その職員をサービスから外すなど、利用者の安全を優先する
  • 通報者を特定しうる情報を、不必要に共有しない
  • 通報後も、経過と対応を記録する

「通報のためらい」を減らす考え方

通報しても、虐待かどうかを決めるのは通報した人ではなく、市町村が事実を確認して判断するものです。通報者の役割は、気づいたことを伝えるところまでです。私は、これを事業所内で繰り返し伝えることが大切だと考えています。

事業所として整えておくこと

  • 報告ルートを複数用意する:管理者が当事者の場合や、相談しにくい場合に、別の管理者や法人内の窓口、市町村へ直接通報できるようにする
  • 連絡先の一覧:市町村の障害者虐待防止センターや高齢者虐待の窓口の電話番号を、全員が見られる場所に置く
  • 記録様式:「事実」「聞いた言葉」「対応」を分ける欄を持つ簡単な様式を作る
  • 研修:チェックリストの項目を使い、「これは通報の対象か」をグループで話し合う
  • 通報者を守る方針の明文化:通報したことで不利益な取扱いをしないことを、就業規則や虐待防止指針に沿って周知する

委員会・指針・研修の整備については、障害福祉サービスの虐待防止体制の記事で、私の事業所での運用例を書いています。また、施設での虐待が認定された裁判については、福祉作業所の元施設長による性的虐待の判決を取り上げています。

まず今日やること3つ

  1. 自治体の虐待通報窓口(障害・高齢)の電話番号を調べ、事業所の連絡先一覧に加える
  2. 「気づいたら、誰に、いつまでに報告するか」を、A4一枚にまとめて共有する
  3. 事実と推測を分けて書く記録の練習を、簡単な仮想事例でやってみる

まとめ

虐待の疑いに気づいたとき、必要なのは確信ではなく、「思われる」段階で、事実を記録して伝えることです。通報の義務・努力義務の区別は類型ごとに違いますが、事業所の中だけで収めず、市町村につなぐという点は共通しています。通報した人を守る規定があることも、日ごろから共有しておいてください。

次回の第7回は、「贈り物・お礼・金品を渡されたとき」を取り上げます。

本記事は、公開されている資料をもとに一般的な内容を整理した情報提供です。制度の最新の扱いや個別の事案については、所轄の自治体や専門家にご確認ください。

参考にした資料

この記事のテーマで使える資料