行政書士として障害福祉サービスの指定申請を支援し、自らも障害福祉・介護保険サービスの事業所を経営する立場から、開業・運営の実務を発信

判例・ニュース

訪問介護で「ここで待っていて」が賠償1,700万円超に:玄関の上がりかまち転倒事故の裁判例

こんにちは、ぺーさんです。

「ちょっと待っていてくださいね」。訪問介護の現場では、ヘルパーが日常的に口にする一言です。ところが、この一言のあとに利用者さんが転倒し、事業者に1,700万円を超える損害賠償が命じられた裁判例があります。

今回は「判例シリーズ」の第1回として、訪問介護中の転倒事故を取り上げます。判決をどう読み、事業所は何を整えておくべきかを、運営者の目線で整理してみます。

事案の概要

東京地方裁判所の平成25年10月25日判決(平成24年(ワ)第14177号)で、利用者のご家族(相続人)が、訪問介護事業者に損害賠償を求めた事件です。

  • 利用者は82歳の女性で、要介護5。杖がなければ自力で歩けず、杖や手すりを使っても立っていられるのは30秒から1分ほどでした
  • 事業者が作成した介護計画には「転倒に注意し、常時見守りが必要」と書かれていました
  • 事故があったのは、透析のための通院介助の場面です。ヘルパーが玄関まで付き添い、利用者さんは高さ約24cmの上がりかまちの上に立ったまま靴を履いていました
  • ヘルパーは「待つように」と伝えたうえで、車椅子を移動させるために玄関の外へ出ました
  • その間に利用者さんが転倒して玄関の土間に転落し、左大腿骨頸部内側骨折という大きなけがを負いました

裁判所の判断

裁判所は、次のように判断したと紹介されています。

① 安全配慮義務は訪問介護契約にもとづいて生じる 訪問介護事業者は、利用者の安全に配慮して介助する義務を負うとされました。

② 目を離すなら、転倒を防ぐ措置が必要だった 上がりかまちに立っている利用者から目を離す場面では、いったん座ってもらう、ご家族に一時的な介助を頼むなど、転倒を防ぐための措置を取る義務があったのに、それを怠ったとされました。

③ 予見できたと判断された理由 利用者さんの身体状態と、事業者自身が作った介護計画の記載から、「転倒して重いけがをするおそれは予見できた」と判断されています。

④ 過失相殺は認められなかった 事業者は「利用者さんにも落ち度があった」と主張しましたが、ヘルパーの指示に反して自分の判断で動いたとは認められない、として退けられました。

⑤ 賠償額 後遺障害等級6級相当とされ、後遺障害慰謝料は1,180万円、賠償の総額は1,700万円を超える額(資料により1,720万円余と紹介)になりました。事業者側は、事故前から膝に障害があったことから、その差額だけが損害だと主張しましたが、認められていません。

この判決から読み取れること

判決の紹介記事を読んで、私が特に大切だと感じた点を3つ挙げます。以下は判決そのものではなく、私の実務経験にもとづく考えです。

1. 「計画に書いたこと」は、現場でその通りに動けているかが問われる 今回の事案では、事業者自身が「常時見守りが必要」と書いていたことが、予見可能性を認める根拠の一つになっています。計画に書いた以上、書いた内容と実際のケアがずれていれば、そのずれが責任の根拠になり得ます。

2. 「待っていてください」という声かけは、安全対策にならない 声かけをしても、ふらつく人が動かない保証はありません。「座っていただく」「家族に代わってもらう」「車椅子を先に玄関に用意してから立っていただく」といった、物理的な対応が必要です。

3. 動線ごとの「手順」を決めておく 玄関の段差、浴室、トイレ、通院時の乗り降りなど、危険の大きい場面ごとに「この順番で動く」という手順があれば、新人ヘルパーでも同じ判断ができます。サービス提供責任者が作る手順書や、同行訪問での確認が役に立ちます。

事業所が今日からできること

  • 利用者ごとに、転倒リスクの高い場面(玄関・段差・浴室など)を洗い出し、手順書に書き込む
  • 「常時見守りが必要」と書いた利用者について、ヘルパーが一時的に離れる場面をどう避けるか、事前に確認する
  • 事故が起きたときの報告手順(自治体・ご家族・記録)を、全ヘルパーが説明できる状態にする
  • 賠償責任保険の内容と補償額を見直す。後遺障害が残る事故では、賠償額が数千万円規模になることもあります

事故の直後は職員も動揺します。記憶が新しいうちに、事実経過を記録に残すことも大切です。後から証言や報告書の食い違いが争点になることもあるためです。

まとめ

訪問介護は、ヘルパーが一人で動く場面が多く、「その一瞬」に事故が起きやすい仕事です。だからこそ、注意力に頼らず、手順と仕組みで防ぐという発想が欠かせません。

本記事は、公開されている判例解説などをもとに事案を整理した一般的な情報提供です。判決原文のすべてを確認したものではなく、個別の事案については弁護士などの専門家にご相談ください。

参考にした資料